「明樽屋」と「杉の床敷きおせっかい屋」

江戸時代に「明樽屋」という商売がありました。

「明樽屋」とは、酒の香りがしみついた杉樽を売る人のことです。


なぜ、酒の香りがしみついた杉樽を売る商売が生まれたかというと・・・

そもそも、酒や味噌づくりに杉の樽・桶が広がったのは、江戸の幕藩体制が確立したころのようです。それまで主流だった甕(かめ)よりも、杉は微生物が棲むのに好都合でした。

杉の繊維や無数の孔の中にさまざまな酵母菌が棲みついて、さらには木造の蔵の梁や天井にも酵母菌が棲んで、「蔵つき酵母」「家つき酵母」が発酵に個性を与えました。

酒づくりの空き樽は杉に酒の香りが移って良しとされ、「空樽」→
「明樽」とめでたく名前を変えて、酢や醤油づくりに再利用されたようです。そこで江戸の町には「樽買い」「樽拾い」が空いた樽を回収し、「明樽屋」がそれを売った、というわけです。 

面白いですねえ。

発酵食品をつくるのに、酵母が棲みついた樽や酒の香りが染み込んだ樽が重宝されて、そんな樽を回収・販売する商売が生まれて、再利用の流通システムが出来上がっていたんですね。

現代はどうでしょう。

発酵食品づくりは杉樽からステンレス槽に変わりました。家だって、杉から、石油加工品や合板・外材ばかりになりました。発酵食も、家も、高度な分業で大量生産。

一定品質のものが安く手に入るようになりましたが、それらはあくまで消費物で、自然の作用で生まれるパワーと、デザインなどではない個性が失われました。なんだか本末転倒な気がするのは私だけでしょうか。

発酵食品づくりに杉樽が好適なのと同じで、人が常に触れる床は精油豊富な杉が好適です。好適とは、元気になる、ということです。

ただ、今回、その話はちょっと置いておきます。


私は「明樽屋」に勝手にシンパシーを感じました。

私は、間伐材の杉やヒノキを床に敷いたら感動するくらい部屋が変わったので、これをみんなに広めよう! と思ってこんな事をやっています。

「明樽屋」も、おそらく最初は、酒の香りがついた樽を処分するのがもったいなくて、醤油をつくってみたら思いがけずよくて、これをみんなに広めよう!と、思ったんじゃないだろうか・・・

そんな風に、江戸時代の「明樽屋」に思いをはせたのです。


「明樽屋」が時代のニーズで生まれたのなら、「杉の床敷きおせっかい屋」だって同じです。

私しかやってなくても「杉の床敷きおせっかい屋」は、今この時代に必要な仕事です。

現代は江戸時代と違って世の中が巨大で複雑すぎて、放っておくと労働と消費・娯楽のサイクルを繰り返すだけで、生きる実感と自信をジワジワ失ってしまいます。

でも本来は、稼ぎ方も、暮らしの工夫や成り立たせ方も、千差万別、なんでもあり。
それこそ個性。暮らしすべてがDIY。

そう思って試行錯誤すれば、おのずと日々がキラキラしてくるんじゃないでしょうか。

頭でなく手を動かして、ご縁を大切にして、時間を味方につければいい。

先日、初めて味噌をつくる機会に恵まれて、とりあえず味噌の袋の中に、百年杉をヒョイと2片入れました。

こんなんでも「手前味噌」です(^^)

床敷きブラザーズ

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